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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1834号 判決

原告

猪狩健

原告

遠藤敏勝

右両名訴訟代理人

鵜飼良昭

柿内義明

宇野峰雪

野村和造

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右訴訟代理人

浜秀和

右指定代理人

崇嶋良忠

外一〇名

主文

一  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告猪狩健に対し金三二三万九八八九円及び原告遠藤敏勝に対し金七七二万九〇七六円並びに右各金員に対する昭和五四年九月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨。

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告猪狩は昭和三八年四月一日、原告遠藤は同四四年三月二八日それぞれ郵政省に採用され、いずれも同四七年八月当時戸塚郵便局集配課に勤務する郵政事務官であつた。

2  戸塚郵便局長前田芳郎は、原告らが昭和四七年八月五日建造物損壊罪で横浜地方裁判所に起訴されたことを理由に、同月八日国家公務員法七九条二号を適用して原告らを休職処分に付し(以下「本件処分」という。)、同処分は同月九日原告らに通知され、以後原告らは、当局管理者から、原告猪狩については同四九年二月まで、原告遠藤については同五三年一一月まで、それぞれその就労を拒絶された。

3  本件処分の無効

本件処分は、以下の理由により無効である。

(一) 不当労働行為

(1) 原告らは、昭和四七年八月当時全逓信労働組合(以下「全逓」という。)の組合員であり、全逓神奈川地区本部横浜西地方支部(以下「浜西支部」という。)に所属していた。

(2) 郵政当局は、昭和三六年以降郵政事業全般にわたる機械化、省力化、大幅な人員削減と労働強化を内容とする合理化計画を策定しこれを強硬に実施したが、同時に右計画は、これが実施による労働条件の悪化、権利の侵害に反対し労働者の権利擁護のために闘う全逓に対する弾圧、その組織分裂攻撃と一体にして推進された。すなわち当局は全逓を違法集団と断じ第二組合である全郵政を結成させ、全逓の組合員に対する露骨な差別政策と全郵政の組合員に対する優遇措置、「監視班」(トラック部隊)等による日常的監視体制の強化、暴力事件のでつちあげ等による懲戒処分の乱発を内容とするいわゆる「郵政マル生」を展開していたが、戸塚郵便局においても、昭和四五年八月一〇日、当時の同局局長大山吉五郎は、同局集配課課長菅沼金作とともに、同課の職員に対し、「始業時刻後の更衣は悪慣行であるから今後一切禁止する。これを守らない者に対しては処分及び賃金カットをする。」旨を一方的に言明して、従来からの慣行であり既得権でもあつた始業時間後の作業服への更衣を一方的に禁止する旨の通告をし、同年一〇月一七日には、右既得権の一方的剥奪についての説明及び話合いを求める浜西支部の正当な組合活動に対し、これを職場秩序素乱と称して同支部の組合員二三名を懲戒処分に付し、その後も同支部の中心的な活動家に対して懲戒処分が乱発されるようになつただけでなく、当局側は、全逓組合員に対する監視体制の強化、年次有給休暇及び病気休暇についての権利行使の制限その他昇給、昇格等についての差別的取扱いを実施した。

(3) このような郵政当局の「マル生」攻勢に対し、浜西支部は、青年部が中心となつて職場闘争を軸にビラ配布等の闘いを展開してきたが、昭和四七年七月四日、原告猪狩が、右闘争の一環として「郵政マル生」及び不当処分に抗議する組合機関紙を配布していた際、戸塚郵便局庶務会計課長代理文田十吉から顔面につばをかけられるといういわゆる「つばかけ事件」が発生した。そこで浜西支部青年部においては、急きよ常任委員会を招集して対策を検討し、右つばかけ事件が労働者の労働基本権を否定し、労働者を道具として自らの意思のままに動かそうとする人間蔑視の思想で貫かれた「郵政マル生」の本質を示すものであるとして、これを糾弾し、「マル生」攻勢及び不当処分と闘うためビラ貼り等の闘争戦術をとることを決定し、組合員各自がそれぞれの要求と「文田糾弾」の文字を自ら書き、ビラ貼り闘争に参加した。

(4) 原告らは、浜西支部の活動家として反「マル生」闘争の中心を担つてきたものであるが、右闘争の一環として取組んだビラ貼り活動を行なつたところ、これが建造物損壊罪にあたるとして前記の起訴をされたことを理由に本件処分に付されたものである。

(5) しかしながら原告らによるビラ貼り行為は、その目的、手段、態様等からみて郵政当局の悪質、違法な不当労働行為に対抗するためになされた正当な組合活動であり、しかも全逓と郵政省との間の「休職の取扱に関する協約」や「職員の休職の取扱いについて」と題する人事局長通達で義務づけられた本人に対する調査等も一切行なわず、起訴後間髪を入れずに原告らを本件処分に付したこと、原告らはいずれも勾留取消しにより昭和四七年八月中旬には釈放され、働く意欲と能力を十分有する一方、原告らの所属する集配課の職場は郵便物の急激な増加のもとで慢性的な人員不足の状態にあり、同課職員は普く原告らの復帰を望んでいたにもかかわらず、当局側は原告らの就労をかたくなに拒否したこと等の諸事情からすると、本件処分は、いわゆる「郵政マル生」の一環として組合を敵視し、その闘争力を減退せしめる意図の下に中心的な活動家である原告らを職場外に追放し、組合活動の抑止制限や他に対する見せしめを企図してなされた不当労働行為であることは明らかである。したがつて本件処分は無効である。

(二) 裁量権の逸脱又は濫用

国家公務員が休職処分に付された場合、当該公務員の俸給等は一〇〇分の六〇に減額され、さらに休職期間が一定期間以上になると一〇〇分の三〇に減額されるほか、休職期間の二分の一が退職手当の勤続期間から控除されることとなり(国家公務員退職手当法七条)、しかも休職期間中でも兼職禁止の規定が適用され、内閣総理大臣等の許可を得ない限り、報酬を受ける業務に従事することができず(国家公務員法一〇四条)その他昇給、昇格についても不利益を被ることになるので、休職処分は当該公務員に甚大な不利益を与えるものであるのみならず、労働者としての基本的人権たる勤労権(憲法二七条)、労働基本権(同二八条)、生存権(同二五条)を制限することにもなるから、当該公務員にこれらの不利益、制約を課してもやむを得ないと認められる場合にのみ容認されるべきものである。

しかしながら、本件処分は原告らの行為が前述のとおり郵政当局の不法不当な行為に対し組合員(労働者)の権利を守るためになした正当な組合活動であつて何らの違法性もないばかりか、以下に述べる起訴休職制度の根拠からみても、原告らを休職に付すべき場合に該らないにも拘らずなされた裁量権逸脱ないしは濫用による処分である。すなわち

(1) 起訴休職制度の根拠としてはまず当該公務員の職務遂行ひいては官職全体に対する国民の信頼、信用の失墜の虞が挙げられているが、この要件は当該公務員の地位、職務内容並びに公訴事実の内容、罪名及び罰条の如何により職務遂行に対する国民の信頼が現実的、具体的に損なわれているか又はその蓋然性が高い場合に限つて是認されるべきである。

しかるに本件の場合、原告らの従事する職務は郵便物の区分・集配という単純機械的作業であつて裁量の余地は全くなく、このような職務に対する国民の信頼は、国民の預けた郵便物が安全かつ確実に収集され配達されるということに尽きる。そして本件処分の根拠となつた起訴にかかる公訴事実は、郵便物の安全、確実な集配という職務の本質を妨害するか又はそのおそれが社会通念上一般的に肯定される性質のものではなく前述の如き郵政当局による悪質な「郵政マル生」攻勢に対抗するためにした正当な組合活動であるビラ貼り行為であるから原告らが建造物損壊罪の名の下に起訴されてもそのことによつて職務遂行に対する国民の信頼が損なわれるという事態は起り得ない。

(2) 次いで起訴休職制度の根拠として職場秩序の維持が挙げられているが、起訴休職処分は職場秩序への悪影響が現実的、具体的に存在するか又はその発生の高度の蓋然性がある場合に限つて是認されるべきである。

しかしながら本件の場合、原告らが所属していた集配課の職場は、その担当する戸塚地区が広域にわたりかつ人口急増地帯であることから慢性的な人員不足の状態にあるところ、原告らはいずれも集配課における経験が十分あつて多くの同僚に信頼される存在であつたし、しかも本件起訴において公訴事実とされたビラ貼りは、浜西支部の方針に基づく活動の一環であつて戸塚郵便局の多くの職員が自らビラを書いて貼る等の活動に参加しており、本件処分後においても原告らを就労させよという職員が圧倒的多数であつた。したがつて原告らが就労することによつて職場秩序を損なう事実もその可能性も全く存しない。

(3) さらに起訴休職制度の根拠として勾留による身柄拘束や公判期日の出頭その他の訴訟活動により当該公務員の職務専念義務に対する障害の生じることが挙げられている。

しかし、身柄拘束による労務不提供は勾留の効果であつて起訴の効果ではないのであるから、身柄拘束による労務提供不能は起訴休職制度の根拠となり得ない。また公判期日の出頭については、我国の刑事裁判の実情からすると、一か月に一回か二回の割合で開かれ、その期日は予め余裕をもつて指定されるのであるから、年次有給休暇をとることによつて十分に対処することができるし、公判準備、打合せについては、勤務時間後で十分可能である。そして本件の場合、前記のとおり、短期間で勾留取消しにより身柄拘束を解かれており、刑事裁判の公判期日も一か月に一回又は二か月に一回の割合で進行し、公判準備や打合せも勤務時間後にされていたのであるから、原告らが起訴されても職務専念義務の遂行に何ら支障をきたさなかつたであろうことは容易に首肯できる事実であつたのである。

(4) 以上よりすれば、本件ビラ貼り行為をしたことを理由として起訴された原告らを従来どおり就労させても、それによつて他の職員の勤労意欲や作業能率の低下を来たし、ひいては職場に秩序や規律の紊乱を生じさせることなどは到底想像し得ないものであつたことは明らかである。当局は、組合の中心的活動家である原告らを職場から排除することにより自らの意図する職場秩序の確立を図つたのであろうが、かかることは起訴休職制度の本来の趣旨を逸脱しこれを濫用するものといわねばならない。本件処分は裁量権を逸脱、濫用した無効の処分である。

4  本件処分の違法

本件処分はその手続において労働協約、通達に違反する違法のものである。すなわち

原告らは、逮捕以後取調べに対し一貫して完全黙秘を続け、勾留理由開示等では公訴事実を争つていたのであり、このことは前田局長も十分知つていた。かかる場合検察官が証拠調の請求をする供述調書等について被告人、弁護人側が全て同意するとは到底考えられず、そうすると裁判が長期化しそれに伴つて休職期間も長びくことが予想されるのである。それ故に前記「職員の休職の取り扱いについて」の人事局長通達では、本人が当該事案を否認し裁判の結果を待つ必要がある場合には休職処分に付さないことができると定め、又事案を把握するため、本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討をすることが当局側に義務づけられているのである(第二条三項、四項)。

ところが本件においては、本人又は組合に対する事情聴取すら一切行なわず、起訴後間髪を入れず休職処分に付したものであつてその手続における違法性は明らかである。

5  第一審無罪判決後に本件処分を取り消さなかつたことの違法

起訴休職処分は、もともと任命権者の権限と責任においてなされるものであるところ、処分後の事情変更により当該処分をすべき実質的理由が消滅したり、あるいはその実質的理由がなかつたことが事後に判明した場合、任命権者としては裁判確定前であつても当該処分を取消すべきものであることは起訴休職制度の趣旨から当然である。

本件においては、原告らは、起訴後間もなく勾留取消しによつて身柄拘束を解かれ(原告遠藤については昭和四七年八月一二日、原告猪狩については同月一八日)、さらに昭和五二年二月二二日には第一審の無罪判決を受けた(原告猪狩は別件の傷害事件で罰金刑の判決を受けたにすぎない)のであるから、勾留取消しによつて就労可能な状態になつているのはもとより、控訴審においては、被告人は原則として公判に出頭する義務がない(刑訴法三九〇条)のであるから、職務専念義務の観点からは起訴休職処分を維持する必要性は皆無であり、対外的信頼への影響という観点からも、一旦第一審において無罪の判決がなされると、確定前であつても被告人の無罪の推定は飛躍的に高まり、起訴による国民一般の公務に対する信頼はほぼ完全に回復することは明らかであり、さらに職場秩序維持の点からしても、無罪の可能性が高くなつた以上、原告らを職務に従事させても職場の秩序、規律が乱される余地はない。したがつて原告らが第一審において無罪判決を受けたことにより、本件処分を維持すべき実質的理由は完全に消滅したことが明らかであるから戸塚郵便局長においてその後も本件処分を取り消すことなく漫然継続したのは違法である。

6  原告らの請求権

(一) 給与等の額

(1) 原告猪狩が本件処分に付された昭和四七年八月以降同四九年二月(同原告は同月本件とは別の事由に基づいて懲戒免職に付された。)までの外務職分級別俸給表に基づく各年次の号俸及びそれにより計算される各年次の給与、一時金額は別表(1)のとおりであり、本件処分によつて同原告に支給されないこととなつた給与等は七三万九八八九円である。

(2) 原告遠藤が本件処分に付された昭和四七年八月以降、本件処分の解かれた同五三年一一月までの外務職分級別俸給表に基づく各年次の号俸及びそれにより計算される各年次の給与、一時金額は別表(2)のとおりであり、本件処分によつて同原告に支給されないこととなつた給与等は五二二万九〇七六円である。

(二)(1) 本件処分は前記3のとおり無効であるから、原告らは、被告に対し、それぞれ右の給与等の支払請求権を有する。

(2) 本件処分は、仮に、無効でないとしても前示4及び5のとおり原告らに対する違法な公権力の行使であるから、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、それぞれ右(1)と同額の損害賠償請求権を有する。

(三) 原告らはいずれも浜西支部の中心的な活動家として組合活動を担つてきたものであるが、本件処分によつて、賃金の喪失はもとより、職場を一方的に奪われ、更には職場での組合活動も完全に禁圧された。また、復職をかちとるため、六年有余の歳月を、将来の身分上、生活上の不安をかかえながら費した。さらに本件処分によつて、退職金の算定等について不利益となるほか、将来にわたり有形、無形の人事上の不利益を受けることとなる。そして以上の精神的苦痛を金銭に換算すると各二五〇万円を下回らないことは明らかであるから、原告らは、被告に対し、それぞれ右と同額の慰謝料請求権を有する。

7  よつて原告らは、被告に対し、第一次的に給与等の支払請求として、第二次的に国家賠償法に基づく損害賠償として原告猪狩につき七三万九八八九円の、原告遠藤につき五二二万九〇七六円の各支払を、さらに慰謝料として各二五〇万円の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2(一)  同3の(一)の(1)の事実は認める。

(二)  同(2)の事実は否認する。

原告らが始業時間後に制服への更衣を行なうようになつたのは、大山局長が、同年八月三日勤務時間及び職場規律の厳守についての訓示を行なつて以後のことであり、既得権などといえるものではない。

(三)  同(3)の事実は否認する。

いわゆる「つばかけ事件」とは、文田課長代理が、浜西支部青年部の組合員に対し局構内でのビラ配布を注意した際、原告猪狩がこれに抗議し、同課長代理の至近距離に自己の顔を接近させた上、大声で「不当処分反対」と叫んだ際にそのつばが同課長代理の顔にかかつたのが端緒であり、これに対し、同課長代理が原告猪狩を注意したのが真相であつて、同課長代理が故意につばをかけたことはない。

(四)  同(4)のうち、原告らが建造物損壊罪で起訴され、本件処分に付されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(五)  同(5)のうち、原告らがいずれも勾留取消しにより、原告遠藤については昭和四七年八月一二日に、原告猪狩については同月一八日にそれぞれ釈放されたこと及び前田局長が本件処分後原告らの就労を拒否したことは認めるがその余の事実は否認する。

3  同3の(二)の事実は否認する。

4  同4のうち戸塚郵便局長が本件処分にあたり原告らから弁解等をきかなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。

5  同5のうち原告遠藤が昭和四七年八月一二日、原告猪狩が同月一八日勾留取消しとなつたこと、原告らが本件ビラ貼り行為に関し昭和五二年二月二二日第一審で無罪判決を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同6のうち原告猪狩が昭和四九年二月本件とは別の事由によつて懲戒免職になつたことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  本件処分に至る経緯

(一) 原告らは、浜西支部に所属する戸塚郵便局の一部の職員とともに、昭和四五年八月一〇日から同年九月末までの間、同局局長の職場規律の確立と業務運行の正常化についての指示を不満として、同局管理者に対し再三に亘る解散命令を無視して集団で抗議し、就労命令が出されてもこれに従わないで抗議を続け、同局庶務会計課事務室等にすわり込んで局長に対する面会を強要したり管理者に抗議するなどしたため、大山局長は、同年一〇月一七日付で原告猪狩に対し減給、原告遠藤に対し訓告の各処分をした。その後原告らは、他の職員とともに、右処分が不当であるとして、勤務時間内及び同時間外に、同局管理者の解散命令や制止を無視し、同局構内で集団抗議、無届集会等を行ない、また同局管理者の作業指示に従わなかつたり勤務に就かないなど著しく職場規律をみだす行為をしたが、原告猪狩は同四六年四月二日集配課事務室において菅沼課長に対し同人の右胸部に自己の右肩を突きあて安静加療一週間を要する右胸部打撲傷を負わせたので、同年五月六日、原告猪狩を停職一〇月に処した。また原告遠藤は前記処分後の一連の抗議運動の中での無届集会、解散命令及び就労命令に対する不服従、業務妨害等の非違行為により同月七日に訓告の、同年八月二五日に戒告の各処分を受け、さらに書留郵便物の亡失により同四七年二月二一日訓告処分を受けた。

(二)(1) 戸塚郵便局においては前記昭和四五年一〇月一七日の処分までは春闘などの闘争時を除き局舎にビラ貼り、落書き等のなされたことはなかつたが、右処分後の同月一九日以降管理者不在の夜間などに何者かによつて同局構内の壁に「大山を殺せ」などと落書きされたり、窓ガラス、ロッカーなどに多数のビラが繰り返し貼られ、同年一二月三一日には、同局地下室車両置場等において、郵便集配用自転車二〇台、集配用バイク九台の後輪に千枚通しのようなもので穴をあけてパンクさせ、集配用軽自動車三台についても配線をペンチのようなもので切断して元旦の年賀郵便物の配達を妨害しようとする事件が発生したほか、その後も、同四六年四月二七日以降同局管理者が現認することの困難な深夜に、同局公衆室のはめころし窓ガラス、食堂、洗面所、更衣室の壁その他同局前の郵便ポスト等に「不当処分粉砕」「合理化粉砕」「強制配転粉砕」などと記載のあるビラ数十枚ないし百数十枚が貼付されるということが繰り返し行なわれた。

(2) このような状況下にあつた同四七年七月四日、同局通用門を入つた構内において、原告ら浜西支部青年部員数名がビラを配布しているところへ同局庶務会計課課長代理文田十吉らが通りがかり、同課長代理が局構内でのビラ配布をやめるよう注意したところ、原告猪狩が文田課長代理に対し約一〇センチメートルの至近距離から「不当処分反対」と大声で叫び同課長代理につばを飛ばしたので、同課長代理が「何をするんだ。」と注意した。ところが原告猪狩は逆に同課長代理のつばが原告猪狩の顔にかかつたと言い掛かりをつけ仲間の者と共に同課長代理を取り囲んで「謝れ」と抗議したが同課長代理は取り合わず執務室へ入つた。しかし原告猪狩は、これを不満として、同月五日、同局通用門前において原告遠藤ら六名と共に同課長代理を誹謗、中傷するビラの配布を行ないまた同月一一日にも他三名と共に右同様ビラ配布を行つた。これとともに同月一〇日、一一日、及び一七日には何者かによつて同局一階、三階の洗面所等に「文田糾弾」「不当処分粉砕」などと落書されたり、ステッカーが貼付されるに至つた。

(3) かくするうち、同月一八日深夜、原告らほか一名は、同局管理者らの不在を見計らつて、一階公衆室のはめころしガラス窓一一枚及び同室入口ガラス扉二枚の外面に、わら半紙縦切り大のものに黒色、赤色、青色等の一色もしくは二色以上のマジックインキを使用して手書きで「不当処分粉砕悪徳管理者追放」「つば男文田局を出ていけ、俺達はあまくないぞ」「文田あやまれ」「郵政の飼犬車にひかれて死ね」「文田糾弾」などと記載したビラ合計一二五枚を貼付し、同局通用口の入口部分にあるコンクリート柱、同通用口に接続するコンクリート塀に赤色スプレー塗料を用いて「文田アヤマレ」「不当処分粉砕」などと落書する違法行為を行なつた。このため原告猪狩は、同日午後一一時二五分頃、同所をパトロール中の戸塚警察署員に軽犯罪法違反及び器物毀棄の現行犯人として逮捕され、原告遠藤も、同月二五日午後一時五〇分頃、建造物損壊及び器物毀棄の容疑で逮捕された。

(4) 文田課長代理は、同月一九日午前一時頃、上司の指示に従い、戸塚警察署員による原告らの前記犯行現場の検証に立会つた。前田局長もまた、同日自ら犯行現場を確認するとともに、小川課長を戸塚警察署に赴かせて調査させることによりその事件の詳細を確認し、同日戸塚警察署に対し、被害届及び告訴状を提出した。

(5) 前田局長は、同年八月五日戸塚警察署警備課長から原告らが建造物損壊罪で身柄拘束のまま同日横浜地方裁判所に起訴された旨の通知を受け、同月八日横浜地方検察庁検察官から原告らに関する同月五日付起訴状写各一部の交付を受けた。

(6) 右起訴状に記載された公訴事実は、「被告人両名は、共謀のうえ、昭和四七年七月一八日午後一一時二五分ころ、横浜市戸塚区戸塚町四一〇二番地所在の戸塚郵便局において、同郵便局長前田芳郎管理にかかる同郵便局庁舎一階公衆室はめころし窓ガラス一一枚、同室入口ガラス扉二枚および同庁舎通用口のコンクリート柱、同通用口に接続するコンクリート塀などに、赤色・黒色などのマジックインクを使用して『不当処分粉砕悪徳管理者追放』『つば男文田局を出て行け俺達はあまくないぞ』『文田あやまれ』『郵政の飼犬車にひかれて死ね』などと記載したビラ一二五枚を糊付けして貼付し、または赤色スプレー塗料を用いて『文田アヤマレ』『不当処分粉砕』などと落書きし、もつて建造物を損壊したものである。」というもので、罪名・罰条は建造物損壊、刑法第二六〇条、第六〇条であつた。

2  本件処分及びその理由

(一) 前田局長は、戸塚署及び横浜地方検察庁に出向いて事情を調査してきた小川課長の報告に基づき検討した結果、本件事案は「職員の休職の取扱いについての依命通達(郵人人第八六二号)」に規定する休職に付さない場合の軽微な事案に該当しないもので、休職処分が相当であると判断した。

(二) 前田局長が起訴休職処分を相当と判断した理由は、①職場秩序に直接かかわりのある郵便局庁舎に対する行為であること、②建造物損壊という罪名で法定刑が懲役刑と重いこと、③原告猪狩については現行犯逮捕であつたこと、④起訴後も勾留が続いており、職務遂行上支障があつたこと、⑤貼付されたビラの内容が上司を誹謗、中傷したもので国家公務員として許されない官職の信用を失墜させたこと、⑥当時郵便物滞留という社会的非難のある中で、前記のような事件で起訴された原告らを職務に従事させることは郵便局自体が社会的非難を受けるおそれがあつたこと、⑦本件事件発生までにビラ貼り等の行為が何回となくあり、今後も再び行なわれるおそれが考えられたこと、⑧職場の秩序、規律の確立を図る必要があつたことなどである。そして、郵便局が国民の社会生活に密着した公共性の高い事業を経営する国の機関であることを考慮すれば、右のように違法行為により起訴された職員を引き続き職務に従事させることは、職員の公正と廉潔ひいては職務の公正に疑いを生じさせ、公務に対する国民の信頼を失わせるなど公務執行上の影響が少なくないばかりでなく、官職全体に対する信頼をも失墜させるおそれがあり、加えて職場における規律維持ないし秩序維持に重大な影響を及ぼすことが懸念され、それが事業運営にも支障を生じさせる結果となると判断される状況にもあつた。ことに原告らは、勾留のまま起訴され、事実上職務に従事することができず、他の職員が原告らの作業を分担するという業務支障が発生し、原告らも職員としての職務専念義務を全うし得ない状況にあつただけでなく、仮に起訴後に勾留が取消されて釈放されたとしても、原告らは、訴訟遂行の準備、公判期日の出頭等のため職務に専心することができなくなり、かつ、起訴事実が精神的にも大きな負担となつて職務専念義務を果せない状況にあると認められたのである。

(三) そこで原告らの任命権者である戸塚郵便局長前田芳郎は、両名を起訴休職処分に付するのを相当とし、昭和四七年八月八日付で本件処分の発令を行ない、同月九日同処分を執行した。

3  本件処分手続の適法性

任命権者が起訴休職処分をするにあたつて、当該職員に対して弁明の機会を与え、事情を聴取することは法律上義務付けられていない。したがつて、処分するうえで事実関係を調査する必要がある場合にその限度で当該職員から事情を聴取しその弁解を聞けば足りるのである。本件において任命権者前田局長が処分をするにあたり原告らから弁解等を聞かなかつたのは、原告らを休職処分に付するか否かについてすでに十分な調査を行ない必要な資料を得たと判断できたからである。したがつて本件処分の手続には何らの違法はなく公正を欠く不当な処分であるということはできない。

4  一審無罪判決後の本件処分継続の適法性

一審無罪判決があつても事件が控訴審に係属している以上起訴休職処分の要件である起訴されている状態に欠けるところはないから、一審無罪判決は、起訴休職処分を撤回すべき事由には該当しない。また、第一審無罪判決があつても事件が控訴審に係属しておれば、公務に対する国民の信頼保持への悪影響はなお存続しており、職場秩序、規律の攪乱のおそれ及び職務専念義務に対する障害等起訴休職処分の実質的理由は当然には消滅するものではない。任命権者である戸塚郵便局長は、第一審無罪判決後直ちに関東郵政局にも照会し検討したが①国公法の解釈として起訴休職の期間は刑事裁判所を離脱するまでの間とするものであり、有罪あるいは無罪判決が確定するまでの間と解されていること、②過去において第一審無罪判決を受けて起訴休職処分を取消した例はないこと、③判決は控訴審で逆転する可能性があると考えられること、④控訴審で有罪となれば失職する事犯であること、⑤復職させる公務上の必要性は考えられないなどから、起訴休職処分はこれを特に撤回しなければならない必要性、合理性が認められず、休職処分について考慮した事情についても何らの変化もないので同処分を維持することが相当であるとの結論に達し本件休職処分を撤回せずそのまま維持することとしたのである。

四  被告の主張に対する認否

l(一) 被告の主張1の(一)のうち、原告らを含む浜西支部の組合員が、当局の一方的な労働条件の切り下げ等に抗議して各種の組合活動を行なつたこと、当時の戸塚郵便局長大山吉五郎が、右組合の抗議を「職場秩序紊乱」と称し、原告らに対しその主張の如き処分をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

(二) 同(二)の(1)のうち浜西支部が原告らの処分を含む組合員に対する大量処分を労働組合及び労働者の基本的権利を侵害するものであるとしてビラ配布、ビラ貼り、集会等抗議のための組合活動を行なつたことは認めるが、その余は争う。被告は、郵便集配用の自転車等のパンク等をあたかも原告ら又は浜西支部組合員が行なつたかの印象を与えようとしているが、これは全く根拠のない悪質な言い掛かりである。

(三) 同(二)の(2)のうち、その主張の日時に浜西支部の組合員が抗議活動の一環としてビラを配布中、文田課長代理がビラ配布中の原告猪狩に対しつばをはいたということで、同支部組合員がこれに抗議するという事態が発生したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同(二)の(3)の事実は認めるが、原告らの行為が違法行為であるとの点は争う。

(五) 同(二)の(4)のうち、前田局長が戸塚警察署に被害届及び告訴状を提出したことは認めるが、その余の事実は不知又は争う。

(六) 同(二)の(5)の事実は知らない。

(七) 同(二)の(6)の事実は認める。

2(一) 同2の(一)の事実は不知

(二) 同2の(二)のうち前田局長の判断理由は不知、原告らを休職処分に付すべき客観情況についての主張事実は否認する。

(三) 同2の(三)のうち前田局長が昭和四七年八月八日付で本件処分をなし、同月九日右処分を執行したことは認めるが、その余は争う。

3 同3のうち前田局長が本件処分にあたり原告らから事情聴取をなさず弁解も聞かなかつたことは認めるが、それが適法であることは争う。

4 同4の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告らの勤務関係と本件処分の性質

原告猪狩が昭和三八年四月一日、原告遠藤が同四四年三月二八日、それぞれ郵政省に採用され、いずれも同四七年八月当時戸塚郵便局集配課に勤務する郵政事務官であつたこと、原告らが同四七年八月五日建造物損壊罪で横浜地方裁判所に起訴されたこと、原告らの任命権者である戸塚郵便局長前田芳郎は原告らに対する右起訴を理由に、同月八日国家公務員法七九条二号に基づいて原告らを本件処分に付し、同処分は同月九日執行され、当局管理者から、原告猪狩は同四九年二月まで、原告遠藤は同五三年一一月まで、それぞれその就労を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告らは現業国家公務員であつてその勤務関係は基本的には公法的規律に服する公法上の関係であり、原告らに対する国家公務員法七九条二号所定の本件処分は行政処分であるといわなければならない。したがつて、原告らに対する本件処分の瑕疵も、それが不当労働行為に該当する瑕疵の場合をも含めて重大かつ明白であるといえない限り、無効の原因となるものではないというべきである。

二本件処分に至る経緯

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  大山吉五郎は、昭和四五年七月二九日から同四六年七月八日までの間、戸塚郵便局長の地位にあり、当時同郵便局には庶務会計、郵便、集配、貯金及び保険の五課があつたが、前任の局長からその引き継ぎに当り、集配課においては一部の職員が管理者の指揮命令に従わず、非常に非能率的な作業をしている旨を聞かされていた。ただ当時戸塚郵便局が管轄していた区域は宅地の開発に伴つて郵便物が増加する傾向にあつたのではあるが、特定の職員が担当する区域については特に郵便物が滞留し、地区住民から苦情が出される状況にあつた。そこで大山局長は、同四五年八月一日局議を開き、職場規律の紊乱に対しては厳しく対処し、集団抗議等によつて勤務を欠いた場合には賃金カットをする意向である旨を伝え、同月三日大山局長自ら集配課の職員に対し、恣意的に能率を低下させたり、勤務中に雑談、離席や大声をあげたり、集団で抗議をするなどの行為があつた場合には厳正な処置をする考えである旨を訓示した。更に集配課長菅沼金作は同月一〇日、集配課職員に対し、「作業着手時刻は午前八時である。一部の職員が更衣時間と称して午前八時になつても作業に着手しないように見受けられるが、以後このような場合には賃金カットをする」旨示達した。これに対し、集配課に所属する原告猪狩をはじめ浜西支部の組合員数名は、「何が賃金カットだ。」「発言を取消せ。」などと叫んで抗議し、大山局長ら当局管理者から就労するように命じられてもこれに従わないで抗議を続け、同日午後八時すぎから大山局長その他当局管理者と浜西支部の支部長小原勝正ら同支部組合員との間で就業時の作業開始時刻等の問題について話合いがもたれたが結論は出なかつた。しかもその後、同局内において前日の抗議に際し、集配課所属の浜西支部組合員岡本直喜が菅沼集配課長から暴行を受けて傷害を負つたとして数日間欠勤したことについて、これを病気休暇として認めることを要求する運動が起こり、さらには年次有給休暇問題についての紛議などが発生した。原告らは他の組合員数名ないし十数名と共に同局管理者に対し集団で抗議行動をなし、当局からの再三に亘る解散命令に従わず、就労命令をも無視して会計課事務室等に座り込んで局長らとの面会を強要するなどの行為をしたため、大山局長は同年一〇月一七日原告猪狩に対し減給、原告遠藤に対し訓告の各処分をした。

(2)  しかるに原告らはなおも抗議行動をとり続けていたが、原告猪狩は同四六年四月二日集配課事務室において菅沼課長に対し安静加療一週間を要する右胸部打撲傷を負わせたことで、同年五月六日停職一〇月の処分を受け、原告遠藤も前記処分後の一連の抗議行動の中での無届集会、解散命令及び就労命令に対する不服従、業務妨害等の非違行為により同月七日に訓告の、同年八月二五日に戒告の各処分を受け、さらには書留郵便物の亡失により同四七年二月二一日訓告処分を受けた。なお原告遠藤とその非違行為をともにした他の職員に対しても相応の懲戒処分がなされた。

(3)  戸塚郵便局では、前示の昭和四五年一〇月一七日の処分までは春闘などの闘争時を除き局舎等にビラ貼り、落書き等のなされたことはなかつたが、右処分後の同月一九日以降同処分を不当であるとするビラ等が局舎の窓ガラス、壁、局舎前の郵便ポスト等に貼られるようになつた。そしてこのような状況下にあつた昭和四七年七月四日朝、原告猪狩らが局構内で無許可で浜西支部青年部の機関紙を配つていた際、通りかかつた同局庶務会計課課長代理文田十吉が注意したところ、原告猪狩が文田課長代理の間近かに来て大声で「不当処分反対」と叫んだので、同課長代理が「何をするんだ。」と言い返した。この時原告猪狩は、「同課長代理のつばが顔にかかつた。」として同課長代理に対し仲間の者と共に謝罪を求めた(この「つばかけ事件」が発生したこと自体は当事者間に争いがない。)。そして同月一〇日、一一日、一七日には、戸塚郵便局の洗面所や更衣室にマジックインキで「不当処分粉砕」「文田糾弾」などと落書きなどがされた。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

三本件処分及びその処分の理由

1  原告らほか一名が、昭和四七年七月一八日深夜、戸塚郵便局管理者らの不在を見計らつて、一階公衆室はめころしガラス窓一一枚及び同室入口ガラス扉二枚の外面に、わら半紙縦半切り大のものに黒色、赤色、青色等の一色もしくは二色以上のマジックインキを使用して手書きで「不当処分粉砕悪徳管理者追放」「つば男文田局を出ていけ、俺達はあまくないぞ」「文田あやまれ」「郵政の飼犬車にひかれて死ね」「文田糾弾」などと記載したビラ合計一二五枚を貼付し、同局通用口の入口部分にあるコンクリート柱、同通用口に接続するコンクリート塀に赤色スプレー塗料を用いて「文田アヤマレ」「不当処分粉砕」などと落書きしていたところ同日午後一一時二五分頃、折柄同所付近をパトロール中の戸塚警察署員がこれを現認し、原告猪狩を軽犯罪法違反及び器物毀棄の現行犯人として逮捕し、原告遠藤も、同月二五日午後一時五〇分頃、建造物損壊及び器物毀棄の容疑で逮捕されたこと、戸塚郵便局長前田芳郎が同月一九日戸塚警察署に右事件の被害届及び告訴状を提出したこと、原告らは、同年八月五日建造物損壊罪で横浜地方裁判所に起訴されたこと、その起訴にかかる公訴事実は「被告人両名は、共謀のうえ、昭和四七年七月一八日午後一一時二五分ころ、横浜市戸塚区戸塚町四一〇二番地所在の戸塚郵便局において、同郵便局長前田芳郎管理にかかる同郵便局庁舎一階公衆室はめころし窓ガラス一一枚、同室入口ガラス扉二枚および同庁舎通用口のコンクリート柱、同通用口に接続するコンクリート塀などに、赤色・黒色などのマジックインクを使用して『不当処分粉砕悪徳管理者追放』『つば男文田局を出ていけ俺達はあまくないぞ』『文田あやまれ』『郵政の飼犬車にひかれて死ね』などと記載したビラ一二五枚を糊付けして貼付し、または赤色スプレー塗料を用いて『文田アヤマレ』『不当処分粉砕』などと落書きし、もつて建造物を損壊したものである。」というもので、罪名・罰条は建造物損壊、刑法第二六〇条、第六〇条であつたことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち

(一)  戸塚郵便局長前田芳郎は、昭和四七年七月一九日午前零時頃、小川庶務会計課長から、原告猪狩がビラ貼り中のところをパトロール中の戸塚警察署員に現認され、現行犯逮捕されたこと及び警察から現場検証に立会つて欲しいとの要請があつたとの電話連絡を受けたので、小川課長に対し、文田課長代理に検証に立会うよう指示すべきことを命じた。そして前田局長は、同日朝登庁し、自らビラ貼り及び落書きの状況を現認するとともに、更に小川課長を戸塚警察署に出向かせて調べさせたところ逮捕されたのは原告猪狩であり、共犯者二名は未だ逮捕されていないことが判つたが、同月二五日には原告遠藤が共犯者として逮捕されたことを知つた。

(二)  前田局長は、同年八月五日、戸塚警察署警備課長より同日原告らが勾留のまま建造物損壊罪で横浜地方裁判所に起訴された旨の通知を受け、同月八日横浜地方検察庁検察官から原告らに対する起訴状(写)の交付を受けた。

(三)  そこで前田局長は、同日本件が職場秩序にかかわりのある郵便局庁舎に対するビラ貼り等の事案であること、建造物損壊罪は法定刑が重いこと、原告猪狩については現行犯逮捕であること、身柄拘束が既に一〇日ないし二週間に及ぶうえ起訴後も勾留が継続されていて職務遂行上支障があると考えられたこと、貼られたビラの内容が上司を誹謗、中傷する内容のものであつて、国家公務員として許すことのできない官職の信用を失墜させるものであつたこと、当時郵便物が滞留しており、社会的な批判がある中において、職場の秩序を著しく紊した原告らをそのまま職務に従事させることは郵政当局のあり方自体に社会的非難が向けられるおそれがあると考えられたこと、本件までに数十回にも及ぶビラ貼りが行なわれていることからするとビラ貼りが再燃するおそれが考えられたこと等の諸事情を総合的に勘案し、職場規律の厳正を期するためには原告らを休職処分にするのが相当であると判断し、なお処分の慎重を期する上から関東郵政局長の意見を参考にしたうえ、本件処分を発令した。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

四本件処分の効力

1  不当労働行為の成否

(一)  原告らが昭和四七年八月当時全逓の組合員であり、全逓神奈川地区本部横浜西地方支部に所属していたことは当事者間に争いがない。

(二) 而して前示二で認定したように、戸塚郵便局での紛争は大山局長が昭和四五年八月頃から同郵便局における郵便集配業務の効率を高めるため、一般職員に対し勤務時間の厳守、勤務時間中の隣席、雑談等の禁止を徹底するよう訓示し、違反者に対しては賃金カット等相応の処分を行う旨表明したことに端を発したものであるが、大山局長の右行為そのものは、国家公務員としてのあるべき勤務態勢を確立しようとするものであつて正当なものというべきである。これに対し原告ら一部の浜西支部組合員はこれに反発し、局長より発せられた就労命令に従わずに勤務時間中に集団で抗議するなどの抵抗運動を行い、次第にそれが高じて局長らに対する面会強要、上司に対する暴行事件へと発展し、原告らは行動を共にした他の組合員らと共に前示二の(2)で認定した処分を受けるに及んだのであるが、さらにこれらの処分が原告らを含む一部組合員をしてより激しい抵抗運動に駆り立てる結果となり、同年一〇月一九日以降局舎に上司を誹謗するビラが貼られるようになり、やがて原告らの犯行が警察官に現認されるところとなつて起訴され本件処分が行われたという経過をたどつたのである。ただ、原告らを初め一部職員の間においては、増加する郵便物の処理のためには増員を先決とすべきで、労働強化を以て対処すべきではない、とする気持が強いことも事実であり、これも一概に否定することはできないけれども、国の経営する重要な企業に勤務する公務員としては、まず以て自らの勤務態度を省みて増加する事務に対処できるよう勤務態勢に改善を加えていく努力をすることが肝要であつて、いたずらに従前の勤務状態を既得権として局長の方針に反発し、勤務時間中に集団で抗議行動をなし就労命令に従わないなどの前示の如き行為は、正当な組合活動と評価することのできないものである。しかも本件処分は前示のように客観的には法の定める要件を充足していることをも合わせ考えると、原告らが組合員であることもしくは組合の正当な行為をしたことの故を以て原告らに対し本件処分がなされたものであるといえないのは勿論、原告らの主張するように組合を敵視しその闘争力を減退させる意図のもとにみせしめ的にしたものと認めることもできないところである。

本件処分が不当労働行為であるとする原告らの主張は採用することができない。

2  裁量権の逸脱又は濫用の有無

国家公務員法七九条二号の起訴休職制度は、起訴によつて職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼし、公務の正常な運営に支障を生ずるおそれのある職員を、その身分を保有しながら一時的に職務に従事させないこととし、もつて職場規律ないし秩序の維持、職員の職務遂行に対する国民の信頼ひいては官職に対する信用の保持、公務の正常な運営の確保を意図したものである。而して起訴された職員を休職とするかどうかは任命権者の裁量権に属するものではあるがその裁量権の行使に当つては、当該職員の地位と担当する職務の内容、起訴にかかる公訴事実の具体的内容等を勘案し、当該職員が起訴休職処分に付された場合に被る不利益をも総合的に考慮した上、起訴休職制度を設けた趣旨に適合し、かつ必要な限度においてのみ休職処分に付することができるものと解すべきであり、この裁量権の行使が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合には当該処分の違法の問題が生ずるものというべきである。

そこで本件についてこれをみるに、原告らは、本件処分当時、戸塚郵便局集配課に勤務する郵政事務官であつたことは当事者間に争いがないところその担当する具体的職務は、郵便ポストより郵便物を取り集め、これを各戸に配達するという単純な肉体的機械的作業に止まらず、郵便法六六条に基づき、民事訴訟法一六九条、一七一条に掲げる特別送達をなし且つ同法一七七条に基づく送達事実の証明をなすべき職責を負つている(刑事訴訟法五四条により刑事訴訟に関する書類の送達も民事訴訟法の規定を準用している)関係上郵便集配業務は精神的労務に属する事務をも含むものというべきである。而して国家公務員は「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者」は欠格者として当然失職することとなる(国家公務員法七六条、三八条二号参照)のであるが、本件起訴にかかる公訴事実は刑法二六〇条の建造物損壊罪であり法定刑は五年以下の懲役刑であつて罰金以下の刑の定めはないこと、起訴にかかる原告らの所為は原告らが勤務する戸塚郵便局庁舎に対するビラ貼り行為であること、原告らは勾留のまま起訴されたものであること等の諸点を総合勘案すると、本件起訴後原告らを従前どおり職務に従事させるときは、その職務専念義務に支障を来すおそれがあるのみならず、職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼす可能性があることを否定できず、また職員の職務遂行に対する国民の信頼ひいては官職に対する信用の保持、公務の正常な運営の確保にも支障を生ずるおそれがあるものと認めざるを得ないから、起訴休職処分に付された場合に被る原告らの不利益を考慮してもなお、原告らを本件処分に付したことは誠に止むを得ないものであり、戸塚郵便局長がした本件処分には、裁量権を逸脱したり、濫用した違法はないものというべきである。この点に関する原告らの主張も失当たるを免れない。

3  以上のとおりで、本件処分には不当労働行為に該る瑕疵並びに裁量権逸脱ないしは濫用の瑕疵は認められないから、これを無効とすべきいわれはない。

五本件処分の手続における違法性の有無

〈証拠〉によると、「職員の休職の取扱いについて」と題する通達(昭和四六年一二月二八日付郵人人第八六二号)には、職員が刑事事件に関し起訴された場合は、あらかじめその事案の内容を把握するため本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討のうえ当該事案が職務上と否とにかかわらず、軽微であつてその情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認するなどして裁判の結果をまつ必要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事させても支障がないと客観的に認められる場合を除いては休職を発令する(同通達二条三項、四項)とあるところ、前示三の2の(一)及び(二)において認定した事実よりすれば前田局長は本件処分にあたり小川庶務会計課長をして原告らを検挙した戸塚警察署に出向かせて事情を調査させ、自らも犯行の現場をみて事実を確め、検察官から送付された起訴状(写)の内容をも調査検討のうえ休職処分に付するのを相当とするとの判断を下したものと推認することができる。もつとも前田局長が本件処分をするにあたり原告らと面接して事実関係を確認し弁解を聞いていないことは被告において自認するところであるが、前記通達は郵政省内における事務取扱いの基準を定めたものであつて、対外的な関係では法規範となるものではないから、通達に副わない処理が直ちに違法となるとは言い得ないのみならず、右通達の趣旨は、事実を調査する方法の一つとして本人に対する直接調査をあげているだけで、本人と面接して直接事件に対する弁明を聞かない限りは処分してはならないというものではないのであるから、前田局長が、本件処分をするにあたり原告らに面接して直接事件について聞き糾し弁解を聞かなかつたことを違法とすることはできない。

なお、原告らは労働協約違反を主張するが、休職処分にあたり任命権者が当該職員の弁解を聞かなければならないとする当局と労働組合との取り決めを認めることのできる証拠はない。

よつて原告らの手続に関する違法の主張も理由がない。

六第一審無罪判決後本件処分を取り消さなかつたことの違法性の存否

原告らのこの点に関する主張は、原告猪狩において第一審無罪判決前の昭和四九年二月懲戒免職処分に付された(この事実は当事者間に争いがない)ので、原告遠藤にのみかかわるものであることを前提に判断をすすめる。

(一)  原告遠藤が第一審裁判所において昭和五二年二月二二日本件建造物損壊の公訴事実につき無罪の判決を受けたが、戸塚郵便局長は原告遠藤に対する本件処分を取り消さなかつたことは当事者間に争いがない。

(二)  而して刑事事件に関し起訴された場合の休職の期間については、国家公務員法八〇条二項は「その事件が裁判所に係属する間とする。」と定め、〈証拠〉によれば、郵政省と全逓信労働組合及び全日本郵政労働組合との間において昭和四六年一二月一六日付で締結された「休職の取扱いに関する協約」三条三項でも同様の取り決めがなされていることが認められる。したがつて原告遠藤に対する起訴休職処分は、第一審無罪判決があつてもなお事件が上級審に係属する限りは当然失効しないしは取り消さるべきものとなるものではないが、これは同時に、第一審無罪判決があつても休職処分の継続の当否につき検討を加えることなく漫然と放置してよいことを意味するものでないことは、前示の起訴休職制度の趣旨よりして当然のことといわなければならない。この点につき前示通達では、「起訴による休職者について、任命権者が、公務上復職せしめる必要があると認める場合は、当該事案が刑事裁判に係属中においても復職を命ずることができる。」としている(七条二項(2))ので、如何にも復職の要件を「公務上復職せしめる必要があると認める場合」に限定しているように受けとれるのである。しかしながら第一審無罪判決があつた場合に当該職員を復職せしめる(すなわち休職処分を撤回する)か否かは単に公務上復職せしめる必要性が有るか無いかということのみによつて決すべきものではなく、無罪判決の理由を斟酌し前示の起訴休職制度の趣旨よりみてなお当該職員に対する休職処分を継続する必要があるか否かを検討して決すべきものといわなければならない。

(三)  〈証拠〉によると、第一審無罪判決の理由は、原告らのビラ貼り、落書きなどの行為が建物の形状を物理的に損傷し或はその効用を滅損して建物の本来の機能に沿う使用、利用を阻害した事実及びその美観を著しく滅損した事実はないから建造物損壊罪には該当しない、とするものであつて、原告らのビラ貼り等の行為についてはほぼ公訴事実と同一の事実を認定していることが認められる。このように公訴事実そのものは認定されながら法律評価ないしは解釈において当該構成要件該当性が否定された場合で、かつ、検察官がこれを不服として控訴した場合においては、当該職員が客観性のある公の嫌疑を受けているとの社会的評価には、起訴時との間にさしたる変化はないものとみられるし、上級審において第一審判決の法律解釈が覆され有罪となる蓋然性も存するのである。それ故に、本件においては、以上認定の事実関係よりみれば、原告遠藤をして第一審無罪判決後直ちに従前の職場に戻すときは、職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼす可能性の存することは否定できないばかりでなく、職員の職務遂行に対する国民の信頼ひいては官職に対する信用の保持、公務の正常な運営の確保に支障を生じるおそれがなお存在するものと認めることができる。証人五十嵐卓郎の証言によれば戸塚郵便局長は右の点に考慮を払い上級官庁である関東郵政局長の見解をも参考にしたうえ原告遠藤に対する本件処分を継続することに決したことが認められるから、同局長が右処分を取り消さなかつたことには何らの違法はない。

七以上によると、戸塚郵便局長が本件処分をしたこと及び第一審の無罪判決後これを撤回しなかつたことについては原告らの主張する違法はないから原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

よつて原告らの本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(安國種彦 山野井勇作 吉田徹)

別表(1)・(2)〈省略〉

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